中村 恭子

忘れ得ぬ人々
metaphorest > RESIDENTS > Past Members > 中村 恭子

人の自然への関わり方,そのイマジネーション(徴候的知),悦ばしき知恵を,自ら実践しながら探求中。

作品

百刻みの刑―ドゥルーズの時間の第三の総合 (2010)

オフリスは光沢,毛,色といった雌にまつわる身体の断片を繋げて纏い,雄バチはそのバラバラな記号を繋いで花に雌を認識する。花とハチは混ざり合い,倒錯的な「一個の全体」となる。私はこの意味やイメージを,バタイユが説いた中国の処刑法「百刻みの刑」に強く見出している。受刑者に阿片を投与し,意識が混濁している生身の身体をナイフで百塊の肉片に切り刻む,中国の清の時代まで行われた処刑法である。怖ろしい処刑のはてに,まるで快楽の極致の表情を浮かべながら四肢を失っている受刑者の様子には,即自の錯覚が告発されるであろう点において,未だ自我以外の人間像や生命観を持つに至っていない人間の問いがあるように思う。

(紙本彩色、三枚組絵、各180×90 cm)

冴截図 (2011)

目打ちをして,暴れる鰻を三本の指で直線的に馴らしながら,血の線を周到に避けつつ,エラのちょうど下あたりから,一気に刃を入れる。しかし,鰻の本能は刃を拒む。ちょうど腸のあたり,肛門の上部で骨を縮め歪ませて,刃の進行を妨げるのだ。近年の調理師は,そうした難しさ,恐ろしさから短期的に冷凍することで仮死状態にしてから捌くという。しかし,それでは筋肉が硬直してしまい,焼き上がりの肉の絶妙な柔らかさは失われるそうだ。真に捌ききるためには,鰻の生への執着と,自らの死への畏怖を飼い慣らす,達意の精神性(無意識の欲望)こそが,世界へのたった一つの冴えたやり方である。指先が,まるで鰻の精神に変身しながら鰻と馴染んでいく。するとどうだろう,なんと鰻が身を委ね始め,人の自然に対峙する直線的なやり方に馴染みながら,切先から美を開くのだ。

( 紙本彩色, 130×68 cm)

蛸工図 (2011)

水揚げされたばかりの活きた蛸は,まるで液体的な全体だ。それが茹でられると,徐々に赤く個体化して,全体からぽろっと分離する。液体的な蛸は生きてはいるが,墨を吐いていかにも苦しそうだ。一方で,固体化した茹で蛸は,死んでいるにもかかわらず,見慣れた赤い顔の,まるで意志や活力があるかのような剽軽(ひょうきん)な様相で,しっかり自己・個体(形)を主張しているようにみえる。蛸に纏わる生と死の観念・恍惚・個物性は,かくも反転する。

( 紙本彩色,紙本彩色, 116.7×91 cm)

蟹盃図(2011)

蟹との甘い生活。美味しそうな,爪も充分に太い蟹がドンと目の前に置かれたら,まずどのようにアプローチするか。慣れない人であれば,すぐに触ったり動かしたりするが,ここはある熟考こそが肝要である。動物が無造作に食べ散らかすのでも,解剖学的な腑分けの意味で解体するのでもない。余すところなく食ベるために,美しく捌く。美そのものを捌く必要があるのだ。最も統制がとれた指の温かさと柔らかさの制御のもとに,左手の親指を蟹の背中にあてて,軽く右手を添えるように波打たせる。その理にかなった指によって,かつて甘い柿に執着しすぎた蟹はハラハラとくずれて皿の中に大往生し,今度こそは柿に転生するのである。

( 紙本彩色, 122×122 cm)

経歴

  • 1981         長野県下諏訪町生れ
  • 2004         東京工業大学第2回DiVA芸術科学会展 奨励賞
  • 2010         東京藝術大学大学院 美術研究科美術専攻日本画研究領域博士課程 修了 博士(美術)
  • 2010-        早稲田大学理工学術院 博士研究員(metaPhorest)
  • 2012-        京都造形芸術大学芸術教養教育センター 非常勤講師

 展示

  • 2007         中村恭子展「植物的方法」(長野県高森町蘭植物園企画展)
  •                 東京藝術大学120周年記念企画「自画像の証言」展
  •                 東京藝術大学日本画第一研究室発表展
  • 2008         中村恭子日本画作品展(全日本蘭協会「サンシャインシティ世界のらん展2008」)
  •                 中村恭子展「ランの解剖学」(長野県高森町蘭植物園企画展)
  •                 東京藝術大学日本画第一研究室発表展
  • 2009         中村恭子日本画作品展(全日本蘭協会「サンシャインシティ世界のらん展2009」)
  •                 中村恭子日本画作品展「生命の解剖学:生きた自然を描く」数奇和ギャラリー
  •                 日本ナボコフ協会2009年大会:ミニ展覧会+口頭発表
  •                 東京藝術大学日本画第一研究室発表展
  •                 東京藝術大学大院学美術研究科博士審査展
  • 2010         中村恭子日本画作品展(全日本蘭協会「サンシャインシティ世界のらん展2010」)
  •                 中村恭子展「生殖の線と百刻みの刑」ジィオデシックギャラリー
  •                 銅金裕司・中村恭子展「シルトの岸辺」Art Space Kimura ASK?
  • 2011         奈良・町家の芸術祭HANARARTはならぁと2011
  • 2012         銅金裕司・中村恭子展「精神の経済学」Art Space Kimura ASK?

 論文

  • 中村恭子,動態としてのアーダ,日本ナボコフ協会会報Krug,日本ナボコフ協会,Vol.2,pp 25-32頁,2009年
  • 「生命の解剖学:中村恭子の世界」(雑誌『NEW ORCHIDS』No.153-165新企画出版局で2008-2010年の2年間連載)
  • 中村恭子,ランの解剖学―ランとイメージの創作性,東京藝術大学,2010年
  • 中村恭子,百刻みの刑―その集合と離散の様相,Orchid Sciences,ラン懇話会,Vol.1・2(No.22),pp 51-53頁,2010